林芙美子記念館

2024年9月中旬、汗を拭き拭き、西武新宿線(あるいは都営地下鉄大江戸線)の中井駅近くにある新宿区立林芙美子記念館を見物した。この記念館にはだいぶ以前に一度来たことがある。林芙美子が建てた和風建築の自宅は趣きがある。書斎(写真)はもともと納戸として作られた部屋だった。芙美子は明るすぎないこの部屋を書斎にした。

林芙美子(1903~1951年)は1939年12月、9年前から住んでいた落合に土地を購入した。もともと島津製作所の所有地で、芙美子はそのうち千坪を手に入れた。設計を山口文象に依頼して数寄屋造りの家を建て、芙美子は1941年から亡くなるまで10年間この家に住んだ。写真は林芙美子記念館の入口。

林芙美子が住んだ頃、庭は一面の竹林だった。芙美子が亡くなった後、夫で画家の林緑敏が孟宗竹に代えて芙美子の好んだ木々を植えた。

毎日大勢の来客があった玄関。

客間には原稿を取りに来た出版社の社員らが通された。

林芙美子は台所仕事を好んだ。

夫緑敏と息子泰の寝室。当初は芙美子の書斎だったが明るすぎたため、書斎は左隣の納戸に移された。寝室の向こうは次の間。養子だった息子泰は1959年に鉄道事故で亡くなり、夫緑敏は1989年に亡くなった。

次の間の押入れにはインド更紗が貼られている。この押入れには布団が入れられた。

小間はもともとは芙美子の母キクの居室として使われた。奥には仏壇が置かれている。

林芙美子は趣味がいい。この家は住宅としてとても魅力的だ。以前来たときは家の中に入って見学したように記憶しているが、現在は室内に上がっての見学は年3回予約制で行われているだけだそうだ。夫緑敏のアトリエを改装した展示室(これも以前はアトリエのままだった)では生前の芙美子の記録映像などが流されている。林芙美子のものの考え方は明るく前向きで力強い。


新宿区立 林芙美子記念館 -新宿歴史博物館

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