陳凱歌(チェン・カイコー)監督による中国映画『黄色い大地』(1984年)。日中戦争下の陝西省北部を舞台に貧しい農家の少女が古い慣習に疑問を持ち自由を求める姿を描く。撮影監督は張藝謀(チャン・イーモウ)。原題: 黄土地、英題: Yellow Earth。写真は翠巧(薛白)。
1939年初春、陝西省北部の貧しい村。1937年の国共合作の後、陝西省南部は中国共産党、北部は国民党政権の支配下にあった。
中国共産党八路軍の文芸工作員の顧青(王学圻)は民謡を採集するために陝西省南部の延安からこの地に派遣される。
陝西省北部は依然封建的な慣習が残っていた。結婚相手は親が決め、花嫁は赤い輿に乗せられ、赤い服を着て、赤いベールで顔を覆い、介添え人に導かれて、嫁ぎ先に赴く。
その村は黄河に面した黄土高原にあった。
翠巧(薛白)は14歳の娘。父親と弟の3人で暮らしていた。母親は既に亡く、家は貧しかった。姉は親の決めた相手に嫁ぎ、不幸な結婚生活を送っていた。毎日黄河の水を汲むのが翠巧の日課だった。
弟の憨憨(劉強)。
顧青は貧しい家を選んで翠巧の家に寄宿する。
顧青は一家に陝西省南部では社会改革によって女性は結婚相手を自分で決めると話す。
封建的な父親(譚托)はそうした話を喜ばなかった。
翠巧(左)は顧青(右)の話す陝西省南部での自由な生活に興味を抱く。翠巧は文字は読めなかったが歌が上手だった。
顧青(左)は一家の農作業を手伝いながら民謡を収集する。
ある日、父親は翠巧にかなり年上の男性との結婚が決まったと告げる。受け取った結納金の半分はまだ行われていなかった母親の葬儀費用に充て、残りで弟の縁組を決めたという。翠巧は呆然とする。以下略。
広大な黄土高原の黄色い大地が繰り返し映し出される。日本に飛来する黄砂の主要発生地でもある。
Yellow Earth Trailer - YouTube
コメント