父と暮せば

黒木和雄監督によるパル企画映画『父と暮せば』(2004年)。広島に投下された原爆を生き延びた娘が突然現れた亡き父の亡霊と一緒に暮らす日々を描く。原作は井上ひさしの代表作である同名戯曲(新潮社、1994年)。英題: Living with My Dad。写真は美津江(宮沢りえ、左)と竹造(原田芳雄、右)。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

1948年夏の広島のとある火曜日。原爆ドームの近くのだいぶ傷んだ家に、23歳の福吉美津江(宮沢りえ)は4日前から父竹造(原田芳雄)の亡霊と二人で暮らしていた。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

竹造は3年前に被爆して亡くなっていたが、前の週の金曜日に再び美津江の前に現れていた。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

竹造が現れたのと同じ金曜日、美津江は勤務先の図書館で木下正(浅野忠信)という青年と出会う。木下は26歳で原爆関係の資料を閲覧したいと訪ねてきた。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

美津江は原爆関係の資料はないと答える。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

美津江と木下は初対面からお互いに好意を抱いていた。竹造の亡霊は二人の仲を後押しするために現れたのだった。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

竹造は美津江に木下との交際を勧める。しかし、美津江は原爆投下を生き延びたことの後ろめたさから自分自身に恋愛を禁じていた。美津江は竹造に「うちは生きとるんが申し訳のうてならん」という。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

この映画で描かれる父娘の暮らしは火曜日から金曜日までの4日間。以下は金曜日。

美津江は木下から故郷の岩手に行こうと誘われる。美津江にとって岩手は愛読する宮沢賢治の故郷で憧れの場所でもあった。竹造は「それは結婚の申込みだ」「是非行くべきだ」という。だが、美津江は木下の申し出を断るという。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

父娘の会話は次第に3年前の夏に遡っていく。
黒木和雄『父と暮せば』(2004年)

反戦映画。父と娘の会話は広島弁で語られる。


父と暮せば 60秒スポット(高野悦子劇場放送) - YouTube

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