犬と味の素

かつて犬を飼っていた。ゴールデンレトリバーという犬種である。老犬に差し掛かった頃からは餌は家で作った。ときどき炒飯もあげた。通常の炒飯と同じ作り方だが、ネギなどの刺激物や塩を含めて調味料は使わない無味の炒飯だった。あるとき、これではいくら犬でも味気ないのではないかと考え、味の素をほんの少し振りかけたことがある。

犬はいつもように元気よく食べ、食べ終わるといつものように床の上で寝そべっていた。犬は家のなかで飼っていた。しばらくして、犬がぐったりしているのに気がついた。顔が腫れている。ゴールデンレトリバーは秋田犬などに比べると面長なのだが、そのうち顔がお月様のようにまん丸になるくらいパンパンに腫れてきた。顔の腫れで眼も塞がっている。頭部はまるでバスケットボールのようだった。アレルギー症状のように思われた。犬は全く動かない。このまま死ぬのではないかと焦った。なす術もなくおろおろしていたら、30分くらいたって、顔の腫れが治まってきた。次第に元気を取り戻し、そのうちに立ち上がって、いつものように歩き回り始めた。

原因は味の素しか思い浮かばなかった。それ以外はいつもと変わりはない。犬は味覚が鋭い。人間にとってはありふれた調味料でも犬には劇薬ということは考えられる。軽い気持ちで味の素を振りかけたのは不注意だった。

だいぶ昔にフィリピンに行ったときのことだが、マニラ郊外を車で移動していたら、道端で一斗缶の手製コンロに鉄板を乗せて薄切りにした肉のようなものを焼いている。何だろうと見ていたら、フィリピン人の運転手が「犬の肉だ」と教えてくれた。「食べるか」とニヤリと笑う。当時のフィリピンでは犬食のために犬が飼育されていた。また、野犬を捕まえて食べることもあった。たぶん裕福な人はそんなことはしないだろう。私が遭遇したのは状況からいって野犬のほうと思われた。このときは遠慮したが、後になって食べておけばよかったと少し後悔した。(以上はずいぶん昔のフィリピンの話しである。現在は犬食は禁止されているそうだ。)

飼っていた犬のアレルギー事件のしばらく後で、フィリピンでは野犬を捕獲するときに味の素を使うことを知った。野犬のいる辺りに餌を仕掛け、その上に味の素を振りかけておく。野犬がその餌を食べると、味の素による中毒症状から一時的に仮死状態になる。そこを捕獲するのだそうだ。このことを知り、家の犬の一件はやはり味の素が原因だったかと納得した。

以前から家では味の素をあまり使わない。一番小さな袋が10年以上持つ。この一件の後も同じようなペースで味の素を使い続けている。犬のアレルギー症状は衝撃的だったが、自分は犬ではない。ただ、中国料理店などに行った際、厨房に置かれた味の素の容器の大きさやその使用量に自然に目が行くようになった。

Bob the Dog (1964) by Joan Brown
Bob the Dog (1964) by Joan Brown


Bob the Dog | The Art Institute of Chicago

コメント