三文役者

新藤兼人監督による日本映画『三文役者』(2000年)。近代映画協会製作。新藤監督の作品の常連だった殿山泰司(1915~1989年)の破天荒な生涯を描く。原作は新藤兼人著『三文役者の死』(1991年)。英題: By Player。写真はタイちゃんこと殿山泰司(竹中直人)。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

冒頭、新藤兼人監督『裸の島』(1960年)のシーンが流れる。この作品では途中何度か殿山泰司が出演した新藤作品の映像が挿入される。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃん(竹中直人)は京都の喫茶店でウェイトレスのキミエ(荻野目慶子、右)に熱心に話しかけていた。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃんはキミエに自分の子どもの頃からの話しを詳しく話す。キミエに気のあるタイちゃんは彼女に自分のすべてを知ってもらおうとしていた。写真は当時10歳の殿山泰司(右)。中央は父親、左は2歳年下の弟。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

キミエはこのとき17歳、タイちゃんは36歳。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃんはキミエを食事に誘い、彼女を口説く。この後、二人は関係を持つ。キミエも口には出さなかったがタイちゃんに好意を持っていた。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃんはキミエの父親(桂南光、奥)に結婚を認めてくれるように頼む。キミエの父親は内縁関係にある女性との絶縁を条件に出す。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

この作品では至るところで乙羽信子の語りが入る。彼女は新藤兼人監督の妻で殿山泰司とは度々共演した。通称オカジ。乙羽信子はこの作品の公開の6年前の1994年に亡くなっている。たぶん余命を知った後に撮影しておいたものだろう。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃん(右)は鎌倉で居酒屋を営むアサ子(吉田日出子、左)を訪ねる。二人が内縁関係となったのはタイちゃんが18歳、アサ子が17歳のときだった。アサ子は戦後、タイちゃんの稼ぎのないとき、闇物資の担ぎ屋をして生活を支えた。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

アサ子はタイちゃんの切り出した絶縁の話しを拒絶する。タイちゃんは引き下がる。タイちゃんはアサ子を鎌倉の本妻(あるいはババア)と呼ぶようになる。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

しかし、タイちゃん(手前)はキミエの父親をうまく言いくるめ、赤坂の木造アパートでキミエ(奥)と水入らずの生活を始める。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

タイちゃん(左)とキミエ(右)はときには喧嘩をしながらも仲睦まじく暮らす。タイちゃんはキミエを赤坂の側室といった。以下略。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)

新藤兼人監督が盟友ともいえる殿山泰司を追悼した作品。竹中直人は殿山泰司の話し方や立ち居振る舞いをよく研究している。荻野目慶子もいい。写真はミステリー小説を読むタイちゃん。
新藤兼人監督『三文役者』(2000年)


竹中直人・荻野目慶子『三文役者』予告編 - YouTube

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