面白半分

『面白半分』は株式会社面白半分が1972年から1980年にかけて発行した月刊誌。編集人は創業者の佐藤嘉尚。編集長は著名作家が半年間ずつ交代で務めた。キャッチフレーズは「面白くてタメにならない雑誌」。英題: Half Serious

『面白半分』1974年1月号。
『面白半分』1974年1月号

例えば、『面白半分』1974年1月号の編集長は藤本義一。表紙絵は金子光晴。第一特集は「自殺と遺書」。その中で1968年1月9日に自ら命を絶ったマラソン選手の円谷幸吉(当時満27歳)の遺書が紹介されている。
円谷幸吉の遺書

解説を書いた虫明亜呂無は「故川端康成氏が、明治以降に書かれたものの中で、最高の遺書だと述べていたことは、だれもの記憶に新しい」と記している(『面白半分』だからではないだろうがこの遺書には読めばすぐ気付く誤植が複数ある)。その川端康成も1972年4月16日に満72歳でガス自殺した。こちらは遺書を残していない。

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