テオ・アンゲロプロス監督によるギリシャ映画『旅芸人の記録』(1975年)。第二次世界大戦前後のギリシャの混乱した国内情勢に翻弄される旅芸人の一座を叙事詩的に描く。原題: O Thiassos、英題: The Travelling Players。
作品の時代背景は戦前のメタクサス首相による独裁政権(1936年8月~1941年4月)、枢軸国との戦争(1940年10月~1941年4月)と彼らによる占領(1941年4月~1944年10月)、連合国による解放(1944年10月)と内政干渉、戦後の政府軍と共産党傘下の民主軍との内戦(1946年3月~1949年8月)、パパゴス将軍の指揮する政府軍の勝利(1949年8月)といった混乱を極めた時期。テオ・アンゲロプロス監督の視点は左派寄りである。
1952年秋、ギリシャの田舎町エギオンに旅芸人の一行が着く。
エギオンでは総選挙を前にしてパパゴス政権への投票を呼びかける声が町中に鳴り響いていた。この後、場面は13年前にフラッシュバックする。
1939年秋、旅芸人の一行が同じエギオンの町に到着する。一座は座長アガメムノン(ストラト・スパキス)とその妻クリュタイムネストラ(アリキ・ヨルグリ)、長女エレクトラ(エヴァ・コタマニドゥ)、次女クリュソテミス(マリア・ヴァシリウ)とその息子(ヨルゴス・クティリス)、長男オレステス(ペトロス・ザルカディス)、ピュラデス(キリアトス・カトリヴァノス)、「詩人」と呼ばれる青年(グレゴリス・エヴァンゲラドス)、アコーディオン奏者の老人(ヤニス・フィリオス)、アイギストス(ヴァンゲリス・カザン)など。
登場人物の役名からも分かるように、この作品はギリシャ悲劇が下敷きになっている。挿入歌もコロスのような役割を担っている。
一座は唯一の出し物である19世紀の牧歌劇「羊飼いのゴルフォ」を上演しながらギリシャ国内を巡っていた。「羊飼いのゴルフォ」の主題は愛と裏切りと死である。
長女エレクトラは「羊飼いの少女ゴルフォ」のヒロインのゴルフォ役を母クリュタイムネストラから受け継いだ。長男オレステスはゴルフォの恋人タソス役を父親から受け継ぐ。しかし、オレステスは兵役に召集され、ピュラデスが代わりにタソスを演ずる。オレステス、ピュラデス、「詩人」は左翼を支持していた。アイギストスは独裁政権を支持する右翼思想の持ち主だった。彼は座長の妻クリュタイムネストラと密通していた。アイギストスの密告によって、左派を支持するピュラデスは秘密警察に逮捕され、収容所に送られる。
1940年にギリシャとイタリアとの間に戦争が始まると、座長アガメムノンは舞台上で祖国を賛美する。
1941年、ギリシャはドイツの占領下に入る。長男オレステスはドイツに抵抗するパルチザンに参加する。アイギストスはそのことを再び密告し、父アガメムノン(中央奥)がオレステスの身代わりにドイツ軍に連行され、その後処刑される。
アイギストス(手前右)が新しい座長になる。その左隣を歩くのはクリュタイムネストラ。戦争は長引き、国民の生活は苦しくなる。ピュラデスも収容所から脱走してパルチザンとなる。
1944年10月にドイツ軍は撤退し、国民統一政府が成立する。しかし、政府、左派勢力、複数のパルチザン、連合国側の英国が入り乱れ、不安定な情勢が続く。そうした中、1944年12月にアテネのシンダグマ広場で政府軍と駐留英国軍が左派組織に発砲する血の日曜日事件が勃発する。その後、ギリシャは内戦へと向かう。
旅芸人の一行は生命を脅かされながら混乱するギリシャを彷徨する。
長女エレクトラはパルチザンの拠点で弟オレステス、ピュラデス、「詩人」と再会する。オレステス(右端)は舞台で座長アイギストス(左端)と母クリュスタイメストラ(右から2人目)を射殺し、父の仇を果たす。
長女エレクトラはオレステスらを追う秘密警察の尋問を受ける。この映画の主役はエレクトラなのだろう。
1945年2月のヴァルキザ合意によって、パルチザンは武器を放棄すれば罪を問われないことになる。
オレステスらはこの協定に従わず、政府軍から違法な勢力として追われる。その後、オレステスらも逮捕される。後にオレステスは死刑となり、エレクトラ(左)はオレステス(右)の遺体と対面する。ピュラデスは転向を受け入れて釈放される。
1952年、次女クリュソテミスの息子(左から2人目)がタソス役で初舞台に臨む。エレクトラ(左から3人目)は彼のメーキャップを終えて「オレステス」と呟く。
エンディングでは1939年秋に旅芸人の一行がエギオンの町に到着するシーンに再び戻る。
作中の個々のエピソードは時代を行き来したり、あるいは1つのエピソードのなかに時代を重ね合わせて描かれる。また、脚本は説明的な要素をそぎ落としている。キャストの顔を覚えないと途中で話が追えなくなるし、当時のギリシャの状況に関する予備知識がないと理解が難しい。
『旅芸人の記録』予告編 テオ・アンゲロプロス監督作品 - YouTube
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