さきたま古墳公園と忍城址

2024年2月上旬の某日。よく晴れて風もない。さきたま古墳公園と忍(おし)城址の散策を思い立ち、JRで埼玉県行田市に向かう。

JR行田駅で下車。行田は初めて。駅前の観光案内所でレンタサイクルを借りる。11時に出発。道は分かりやすい。30分でさきたま古墳公園に到着。埼玉県という県名はこの「さきたま(埼玉)」という地名に由来する。

さきたま古墳公園には5世紀から7世紀にかけて築かれた9基の大型古墳からなる埼玉古墳群がある。英名: The Sakitama Kofun Cluster。

丸墓山古墳は直径105mの日本最大級の円墳。6世紀前半の築造と推定される。
丸墓山古墳(行田市)

丸墓山古墳の上には桜の巨木が3本ある。花見の時期は見事だろう。豊臣秀吉の小田原攻めの際、忍城を攻めた石田三成は丸墓山古墳に陣を張った。
丸墓山古墳(行田市)

丸墓山古墳からの眺め。さきたま古墳公園は思っていた以上に広かった。観光案内所では歩いて回ると2時間かかるといっていた。
さきたま古墳公園(行田市)

丸墓山古墳のそばに停めた自転車。レンタサイクルにしてよかった。
丸墓山古墳のそばに停めた自転車(行田市)

稲荷山古墳は全長120mの前方後円墳。5世紀後半の築造と推定される。埼玉古墳群で最初に造られた古墳。国宝の金錯銘鉄剣などが出土している。
稲荷山古墳(行田市)

将軍山古墳展示館では石室内の埋葬の様子が復元されている。
将軍山古墳展示館(行田市)

二子山古墳は全長132mの前方後円墳。武蔵野国では最大規模。6世紀前半の築造と推定される。
二子山古墳(行田市)

瓦塚古墳は全長73mの前方後円墳。6世紀前半から中頃の築造と推定される。多くの形象埴輪が出土している。
瓦塚古墳(行田市)

鉄砲山古墳は全長107mの前方後円墳。6世紀後半の築造と推定される。後円部に横穴式石室がある。鉄砲山の名称は江戸時代に忍藩が砲術訓練場として使用したことに由来する。
鉄砲山古墳(行田市)

浅間塚古墳の上には前玉(さきたま)神社が鎮座する。延喜式に記録の残る古社。参道の石段を登ると拝殿がある。写真はWikimediaから拝借した。
前玉神社の参道と拝殿

さきたま古墳公園内のさきたま史跡の博物館は改修工事で閉館していた。さきたま古墳公園を後にして、秩父鉄道の行田市駅前に移動する。行田市の中心部は行田駅側ではなく行田市駅側にある。行田は古くから足袋の生産が盛んだ。市街地には足袋蔵が点在する。
行田市駅(秩父鉄道)

行田市駅近くの十万石行田本店。名物の十万石まんじゅうと季節限定の苺バームクーヘンをお土産に買う。
十万石行田本店(行田市)

次に忍城址に行く。行田は成田氏、阿部氏、松平氏などの城下町だった。忍城は室町時代に成田氏によって築城された。もとは湖沼の中に築かれた水城。豊臣秀吉の小田原攻めの際は石田三成軍に攻められたが、最後まで落ちなかった。英名: Oshi Castle。本丸跡地には行田市郷土博物館が建つ。写真は復元された御三階櫓。郷土博物館からは渡り廊下で繋がっている。
忍城址 - 御三階櫓(行田市)

忍城の二の丸にあった鐘楼。
忍城址 - 鐘楼(行田市)

鐘楼の鐘は郷土博物館に展示されている。
忍城の鐘(行田市郷土博物館)

忍城址に移築された武家屋敷の門。藩校進修館の門と伝えられる。武家屋敷の表門としては行田市に現存する唯一のもの。
伝藩校進修館の門(行田市郷土博物館)

忍城の周辺の外堀跡を整備した水城(すいじょう)公園。忍城が水城であったことの名残りを伝える。写真はWikimediaから拝借した。
水城公園(行田市)

14時過ぎにJR行田駅前に戻り、観光案内所に自転車を返却する。そのままJR高崎線で帰る。
行田駅(JR)

今回はさきたま古墳公園の先の古代蓮の里には寄らなかった。少し離れた八幡山古墳には石舞台級の石室があるそうだ。行田は大人の遠足に悪くない。また来ようかと思う。


File:Sakitama-jinja, haiden.JPG - Wikimedia Commons

File:Gyoda Suijo Park 1.JPG - Wikimedia Commons

コメント